2010年 02月 28日 ( 1 )

 

交通事故で瀕死となったビル・モンロー

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今日のビル・モンロー探求は、ビルが大変な交通事故に会って、瀕死の状態になったというお話です。

時は、1953年1月16日でした。

ビル・モンローと愛人のベッシーは、フォックスハンティングを楽しんだ後、車でナッシュビルへ向かっていました。

その時、対向車が車線をはみ出してきて、あっという間の衝突でした。

ビルの車はめちゃくちゃになり、ビル自身も骨盤骨折、脊柱骨折、足の骨折、鼻の骨折そしてなんと片目が飛び出していた(?)、ということです。

こんな大変な大怪我をしたのに、同乗していたベッシーを壊れた車から助け出したというのです。

ビルの体力的な強さは相当なものだったんでしょう。

でもさすがにそのまま気を失い、Nashville Memorila Hospital へ担ぎ込まれました。

その明朝は、ビルと Bluegrass Boys は、朝の5時からラジオショーが予定されていました。この事故のことが伝えられると、バンドはビルなしで演奏を終わらせ、Jimmie Martin は、病院に飛んだ行ってビルの意識があることを確認したそうです。

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その後、ビルは、怪我を治して退院したのですが、結局、5月まではツアーに出られなかったそうです。

このころ、ビルの人気も下り坂で厳しい状況にあり、ツアーができないことで収入が途絶え、更に厳しい状況になったようです。

そんなビルを助けるために、2月には、カントリーシンガー達によるベネフィット・コンサートが開かれたりしています。

この時期は、丁度、Flatt And Scruggs がじわじわと人気を上げてきて、ブルーグラスという音楽が広く認知されてきたタイミングでもありました。

こういう時期にブランクがあいてしまったのは、ビルにとっても痛手だったようです。

でも、この大怪我に対してたくさんの人が支援をしてくれたことに感謝して、ビルの気難しさも少しつづ和らいでいき、他人に対してオープンになっていった、ということです。

どんな大変なことでも、何かいいことをもたらすんですね。
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  by kasninoyh | 2010-02-28 23:45 | ビル・モンロー探求

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