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ブルーグラス・ボーイズ初のユダヤ人フィドラー Gene Lowinger

c0032583_22225644.jpgビル・モンローとブルーグラス・ボーイズは、ご承知の通り、多くの素晴らしい演奏家を輩出したわけですが、人種的にもある意味オープンだったのかもしれません。後年のビル・モンローのカムバックには、フォークムーブメントを通じた学生や都市生活者の支持があったことはご承知の通りですが、これには、オーガナイザーとしてのラルフ・リンツァーを始め、聴衆としてのユダヤ人が大きく係わっています。(右の写真には、一番左に Gene、そしてビルとピーター・ローワン、ジェイムス・モンローも写っています。)


別に、人種の問題は僕らには関係ないのですが、昔は、カントリー音楽愛好家の中に、ブルーグラスはユダヤが入っているから嫌だ、といった雰囲気もあったそうです。

そのブルーグラス・ボーイズに初めて参加したユダヤ人が、フィドラーの Gene Lowinger です。この人は、ニューヨーク郊外に住んでいて、私が毎週通っていたニューヨーク市内のオープン・ジャムにもたまに顔を出していました。

彼は、ジャムに来てフィドルを取り出すと、まず最初に必ず弾く曲がありました。Road To Columbus です。あの独特のスタートと、途中のダブルストップの微妙な7thの音が強く印象に残っています。

この人は、昔、フィドルの教則本も出していますので、ひょっとしたら、以前、学生時代にフィドルをやっておられた方は、お世話になっているかもしれません。私もその一人ですが、ちょっと程度が高かい本だったので、私には役に立ちませんでした。(今は、すごく役に立っています。といっても、私の腕が上がっているわけではないのですが。)

ジャムに来た時には、フィドルの弾き方とか、昔の話等を聞いたりしたのですが、今の生活は楽ではないらしく、「今日は、日中は空港まで行って帰ってきたんだよ」というようなことを話していました。リムジーン(ハイヤー)の運転手をやっているんです。

もっとフィドルの生徒を取りたい、とも言っていました。私も、彼のレッスンを取りたかったのですが、1回だけ教えてもらっただけでした。(Faded Love を教わりましたが、やたらにダブルストップが上のポジションに行くので、まったく歯が立ちませんでした。)やはりジャム仲間の一人のアメリカ人が彼のレッスンを取っていたのですが、「彼は、mean だ(ちょっときつい、ぐらいのニュアンス?)」と言っていました。

アメリカでもブルーグラスでは、食べていけないのですが、これだけ有名な人が...とは思います。でも、ジャムをやっている時の彼は、とても楽しそうにしていましたね。

  by kasninoyh | 2005-02-02 12:50 | ブルーグラスプレーヤー

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