ビル・モンローの最後の時期をケアーした女性:Juila Labella (その1)

c0032583_1912711.jpg


今日のビル・モンローにまつわるお話は、ビルの最後の日々を一緒に過ごした女性 Julia Labella についてです。

ビルは、たくさんのガールフレンドがいたのですが、その中でも最も若かったのがこの Julia です。二人が一緒に生活を始めた時(1976年ごろ)、Julia は、21歳、ビルは、65歳でした。

Juila は、その年の7月のブルーグラスフェスティバルでビルを見て虜になり、12月には、ニューイングランドからビルの元に押しかけてきたのだそうです。

二人の年の差があまりにも大きかったので、周りの人にとっては受け入れがたいところもあったようですが、ビルにとっては、新しい息吹を吹き込まれたようなところがあったようで、彼の牧場を作り直したりしています。

とは言え、いくら頑強とはいっても、年に200日もツアーにでかけるような生活を続けていて体も参っていたのでしょう、ビルは、1980年の2月についに倒れてしまします。

診断は結腸癌ということでした。

ビルは、入院するのですが、この時、死を覚悟したようです。

Julia は、身の回りの世話をずっとやっていました。Bessie Lee Hazel Smith 等の以前の妻や愛人達もコンタクトしてきました。

そしてずっと仲たがいしてきた Earl Scruggs も病床に見舞いにきました。二人は、仲直りしました。

ビルのシンパでリンパ腫を克服したことのある John Hartford も呼ばれてやってきて、ビルに向かって「癌は克服できる」と話したそうです。

ビルの手術は成功しました。

そして、この後、ビルは、以前の気むずかし屋から、人の話を聞き包容力のある姿勢に変わっていったのだそうです。

ギブソン社と和解して、以前削り取ったマンドリンのヘッドのインレイを修理したのもこの頃です。

"My Last Days on Earth" という名インストが録音されたのもこの頃です。

でもビルは、1982年の7月に膀胱の病気で、ツアー中にまた入院ということになりました。この時は、ビルは、とても動けるような状態ではなかったのに、病室を抜け出して、何と車椅子にのってステージをやってしまったそうです。

そんなこんながあって、ついに Juila は、ビルのもとを去って、テキサスで年齢の近いミュージシャンと結婚したそうです。やっぱり年の差は埋められなかったんですね。

でも、この Julia は、ビルの最晩年にまたビルの元に戻ってくることになります。

(つづく)  
[PR]

  by kasninoyh | 2008-09-02 18:58 | ビル・モンロー探求

<< Surf & Turf のこん... 2:10 Train:Jimm... >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE